どうしてもD61というカマが見たくて留萌まで行ったのですが、お休み中や休車のカマがほとんど。
かろうじてトップナンバーの走りが見られただけでしたが、とりあえずは目的達成カナ!
D51の軸重を軽減改造したD61でしたが、最後の頃はほとんどD51との共通運用だったようです。
ここ留萌に集結したD61は羽幌線、留萌本線の石炭や貨物を引いて最後の活躍をしていました。
写真は停車中だけですが、お許しください。 1971年8月撮影


原木輸送の先頭に立つD611号機、こんな編成も今では模型でしか見られない。
赤いプレートが綺麗でした。

製造所銘板より改造銘板の方が大きく、戦時中の物資欠乏状況が読みとれます。
隠れて見えませんが昭和35年浜松工場改造です。元はD51640号機だったことも判りますね。
金属節約のためか製造所プレートの「三菱重工」を「菱重」と略すほど物資をケチっていたのでしょうか?

煙突に蓋をされたD613号機、たぶんこのまま動くことはなかったのでしょう。
つらら切りが物々しいですが、1号機には付いてなかった。夏だったので外していたのかナ?

有火状態だったD614号機。
仕業待ちのため転車台の脇で待機してました。

D615号機も有火だったと思いました、テンダーには石炭が積んであります。
ラストナンバーのD616号機は深川でチラッと見ただけで、D612号機には遭遇せず。
それでもたった1日で6両の内5両に会えたのだから、まー運が良かったのかも。
形態的には従台車が2軸となっただけなので、外形的にはD51とほとんど区別がつきません。
そのために同じD51改造なのに動態保存までされたC61とは対照的ですね。
【おまけ】
C11すずらん号を追って何十年ぶりかに訪れた留萌の公園には、あの日早くも火を落としていた
D613号機が保存されていました、あの「つらら切り」もそのまま残っています。
早速そばに行ってみると、D613号機は現役時代のときより綺麗になっている様に見えました。
今でも残るたった1両のD61を、大切に保存して欲しいと思います。

【増結3号車の表紙へ】
1999年8月 留萌市見晴公園
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